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〈作業〉とファブリケーション
Fabrication through occupational therapy

revised: 2018 / 09 / 06

INFORMATION

このコラムでは「作業療法」の観点からより多くの(多種多様な)人々に(デジタル)ファブリケーションを届けたい、という思いをお伝えしたい。

ファブラボ品川 ファウンダー/ディレクター
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員
ハマナカナオキ

※文中の肩書きなどはすべて執筆当時のものです。

2018年4月、これまで4年近く運営してきたパーソナルファブリケーションスペース「アトファブ」を「ファブラボ品川」としてリローンチした。

この場所は「街場のファブ」としてこれまでも駅近・路面という地の利を活かして多くの方々に利用されてきた。通りがかりの方に声をかけていただくケースもいまだに多い。また、通常のワークショップやオープンラボの試みと並行して区内企業のプロトタイピング代行、スタートアップ企業とのプロダクト共同開発など多面的に活動してきた。
こうしたこれまでの蓄積に加えて、このたび「作業療法士のいるファブラボ」を大きなテーマに掲げてリローンチすることになった。

ファブラボ品川内部から外の通りをみる

この判断に到るまでの約半年間、同じく地域で活動する仲間が集い、ここを拠点としながら地元のカフェや区立小学校でのプログラミング教室やロボット製作ワークショップなどを運営してきた。集まったメンバーは多様で、地域活動に積極的にコミットしてきた元PTA会長、おそらく日本で一番アイデアソン、ハッカソンを回してきたファシリテーター、現社員にとって真の働き方改革が実現されるなら全員転職する事態になっても本望だと豪語するIT企業経営者、そして地元の商店街でプログラミングカフェを運営してきた作業療法士など専門性は違えど社会への思いは相通じるところのある者同士、議論を重ねながら昨年から今年にかけて二つの一般社団法人を立ち上げるに至った。ひとつは一般社団法人モノづくりXプログラミング for Shinagawaであり、もうひとつは一般社団法人ICTリハビリテーション研究会である。ともにICTを軸に据えつつ地域・社会課題の解決に向けて取り組んでいこうという志のもと活動を続けている。
この間、ここで知り合った療法士の仲間たちとの交流からたくさんの気づきを得ることができた。ニュースの話題になることは増えて来たとはいえ、研究分野は別として医療・介護・福祉の現場ではまだまだデジタルファブリケーションを有効に活用した事例が増えているとは言い難い。

そのような状況のなか慶應義塾大学SFC研究所 田中浩也所長を中心とするグループは藤沢市内のキャンパスに隣接する慶育病院と連携し、FabNurseというプロジェクトを立ち上げ、医療の現場に携わる看護師たち自らが必要なものを3Dプリンタなどのテクノロジーを活用してつくりだしている。また単に3Dプリンタを活用するだけでなく、フィラメントという造形素材の開発評価に関わり、メーカーに対して貴重なフィードバックを提供してもいる。
ただ、これらの試みはあくまでも医療行為の対象となる当事者(クライエント)に「提供されるもの」としての活動であり、主体はあくまでもサービスを提供する側である。

「作業療法」について

皆さんは「作業療法」をご存知だろうか?20世紀のはじめに米国で発祥し、"Occupational Therapy (OT)" と表記される。関わりのある方を別にすればまだまだ一般に浸透しているとは言いづらいところがある。

そもそも「作業」とは"occupation"の訳だが、通常、英語で ”What’s your occupation?” といえば職業をたずねる言い回しであり、なじみのないものには正直わかったようなわからないような言葉である。「作業」という言葉では作業療法的文脈で本来着目されている活動が意味することはなかなか伝わりづらいのかもしれない。ただ日本語でほかに適した言葉があるのか、という点については実際のところなかなか見当たらず、結局のところ従来から用いられている「作業」に帰着するというのは専門家たちの議論からも明らかだ。ただ、そのひとにとって場所や時間を占めるもの、という意味合いで “occupation” が使われているあたりのことは見当がつく。このコラムでは建築界で磯崎新が用いるにいたった〈〉に「作業」をあてはめて〈作業〉と表記してみようと思う。建築家の磯崎新は通常の建築物とかつて宮殿など西洋的な文脈の建築史をかたちづくってきた建築家の意思や形式が明確な建築物を分けて表現するために「大文字の建築」という表現をしていたが、あるときから〈建築〉と表記するにいたった。
その作業療法の分野ではひとに対して〈作業〉が果たす役割、〈作業〉を通して社会参加を実現する方法が研究されてきたという。

ではその〈作業〉とは?

作業療法の専門書によると〈作業〉とは
・本人がしたいこと
・する必要があること
・することを期待されていること
の三つに集約されるという。
興味深いことにそこに「したくないこと」は一切含まれていない。
つまり〈作業〉にはクライエント本人にムリに負荷をかけたり、苦痛を強いるトレーニングなどの類は一切含まれておらず、クライエントの「思い」に寄り添うアプローチだといえる。実際のところ、医療的に必要な評価軸は除いて、作業療法で用いられる評価指標はクライエント本人へのヒアリングとセラピストの観察に基づく主観的なものしかない。センサリングなどによって得られる客観的で数値的なものはあくまでも医学的所見であり、作業療法ではよりホリスティックなアプローチでひとの存在そのものを捉えようとしているようだ。
これは作業療法の出自として哲学があげられることを非常によく表している。〈作業〉とは何か、というテーマを考えるにあたっても思考のフレームワークだけが提供されていて答えはいかようにでもなるようにできている。

「作業とは」をテーマにそれぞれの見解を話し合うセラピストたち (日本ではじめての作業療法士で国会議員、堀越啓仁氏を迎えて2018.9.4に開催された「日本の未来を創造するのは作業療法だの会(仮)」会合の様子)

「作業療法士 (Occupational Therapist)」とは

作業療法士は通常、医療・介護・福祉業界で医師の指示のもと、クライエント(心身に障害をかかえた人々)に対して心身の状態をよりよい方向に導く方法として〈作業〉を用いる専門職として活動している。

「医師の指示のもと」と記した通り、理学療法士、作業療法士が法的に職種として定められた1965年施行の理学療法士及び作業療法士法の定義を要約すると
・「理学療法」とは、身体に障害のある者に対し、主として物理的手段を加えること
・「作業療法」とは、身体又は精神に障害のある者に対し、手芸、工作その他の作業を行わせること
・「療法士」は医師の指示の下に療法を行うことを業とする者
と規定されている。

つまり診療報酬制度に基づく医療行為として療法士が上記療法を提供するためには必ず医師の指示(処方)が必要であるということだ。しかし、最近の状況では一般的な社会生活への作業療法の介入が期待され始めており、今後医療現場から活動の場を外に移していくセラピストは増えるだろうし、自分たちの活動はそれを目標のひとつとしている。

ものづくりの〈作業〉的側面

作業療法士になるための国家試験を受けるためには当然所定の課程をおさめる必要があるわけだが、作業療法学のカリキュラムには解剖生理学など医学的な科目に加えて「基礎作業学演習」などという名称でものづくりの課程が含まれている。これは何を表しているのか。
作業療法のカリキュラム ものづくりの例:
・陶芸
・革細工
・編み物、織物
おおむね、従来クラフトと位置付けられているもの
手先を動かして何かものをつくりあげることにフォーカスされている。
なぜか?

先に見た通り、作業療法で注目する〈作業〉とは、クライエント本人にとって意味のある活動すべてをさす。言葉の上では同じひとつの活動でもひとぞれぞれ意味が異なり、それをひもとくためにクライエントの過去の経験などをヒアリングすることも療法士の重要な職能のひとつである。
〈作業〉がうみだすクライエントのフロー状態は本人がこれまで過ごしてきた時間の積み重ねがもとになっており、手作業によってそれらの記憶を呼び起こしたり、自分でものをつくるという活動が元来持っている生きるよろこびを感じることはそのひとの生活全体にも大きな影響を与える。ものをつくることでフロー状態を得られるクライエントに対してものづくりを〈作業〉として用いることが有効だということだ。

「作業科学」について

作業療法の分野では1990年代の終わりころから〈作業〉とは何かを掘り下げる分野として「作業科学」の研究が盛んになってきた。作業科学は特定の作業から考えるというよりも、特定の人の生活のなかにある作業から考えていくことが特徴で、生活全体が作業によって変化していくことに注目していく、という。さらに興味深いことに作業科学では多様な学問背景をもつ研究者や実践家が、作業を探求すること(作業科学)に興味を持つことが期待されている。様々なバックグラウンドを持つ人々が自分なりに専門性のある分野についての〈作業〉について考えてみませんか、ということである。

そして、「クライエント」とはだれか?

作業療法のはじまりにおいては明らかに当事者としてのクライエントと療法士、という関係だったのだろうが、上の作業科学の取り組みなどを見ていると、クライエントとは身体的に健康なひとびとまで包括したすべての人々を含む、と考えてよいのではないだろうか。

そういう視点でみていけば、ファブリケイターやメイカーは日常的にものづくりで自らをフロー状態に持ち込む達人たちであり、自ら〈作業〉を選択するスキルに長けたものたちといえる。

つまり、作業療法的視点で自身を見つめ直し、自分のフロー状態を知り、コントロールできるようになれば自己管理のツールとして用いることができるようになる、ということでもある。自身にとって有効な〈作業〉を知っていることは日々充実した暮らしを重ねていく上で持っておきたいスキルであると言えるし、作業療法のことを知らないまま自然にそのように暮らしている人々は意外に多いのかもしれない。

フロー状態を集中している状態、と捉えるならそこに笑顔は見られない。しかし、一旦この作業が終了し、成果物を目の当たりにしたとき、破顔一笑、すばらしい光景が立ち上がる。

FabOTの出現

この一年ほどの間に自分の周辺のセラピストたちが急速にデジタルファブリケーションによるものづくりを楽しみ始めている。もちろん自分たちがそれを目指して活動していることもあるが、ここ最近の受容のされ方をみていると明らかに必要とされていた環境を整えているのだと実感できる。

従来も作業療法士は様々な方法でクライエントのためのものづくりに関わって来たはずだが、その手法は限定され、十分なものであったとは言いづらい。今後、作業療法の教育機関や様々な現場にデジタルファブリケーションツールが浸透していくにつれ、本当の意味でクライエントのためになるカスタマイゼーションが実現されていくことは疑いようがない。それは「デザインと尊厳」の問題を考えていく上でも大きな足がかりになるはずだ。仲間内では最近、そうした活動を続ける作業療法士を「FabOT」と名付け、ネットワークづくりをはじめている。興味のある方は業種、職種問わずアプローチしていただきたい。

日本ではじめての作業療法士で国会議員、堀越啓仁氏を迎えて2018.9.4に開催された「日本の未来を創造するのは作業療法だの会(仮)」にて

FabOT から FabTherapist へ

これまで作業療法の文脈で作業療法士にまつわる話を進めて来たが、先にセラピストたち、とも書いたように作業療法的方法論でことにあたろうとするセラピストは作業療法士に限らない。職能によってものごとの考え方や取り組み方が異なる、というのはあまりにもステレオタイプ化されすぎたものの見方であり、作業療法士以外の療法士も同様の考え方で取り組むことも少なくない。そういう意味でも早い段階で FabOT から FabTherapist へのシフトが起こるはずだ。

そして〈作業〉としてのファブリケーションへ

ここでファブラボ品川のディレクター、作業療法士である林のクライエントであった50代の男性がワークショップに参加している様子を紹介したい。

この男性は事故で右半身が片麻痺と診断され、それでも電動車椅子でファブラボまで通って来てワークショップに参加されている。言葉も不自由なのでなかなかできることではないと思う。ここに至るまでのほぼ10年にわたるという林の関わりは想像するほかないが、この3年間、彼はプログラミングカフェへのコミットメントを通じて自ら外に出ることを選択してきた。最近はプログラミングカフェの告知ポスターの制作、コンビニでの印刷、カフェへの配達は彼一人に任されている。一参加者から運営側のスタッフの一人として社会参加する形となった彼にとっての〈作業〉である。その彼が不自由なはずの右手を使ってイラストを一心不乱に量産している。これは普段プログラミングカフェでも見せることのない姿でとても驚いた。手つきを観察していると、かつて書き慣れていたものであろうことは容易に想像がつく。身体が覚えている、というのは正しくこういう状況のことをいうのかもしれない。そして、この状態こそが作業療法が扱うところの〈作業〉によるフロー状態で、ご本人の様子は現場にいるほかの参加者(下は保育園の年長から)にもとてもよく伝わっていたように思う。事故にあうまでは元々ものをつくる仕事に従事しておられた、という話なのでまさしく手を動かすことによってかつての記憶が呼び起こされたのかもしれないし、記憶の力で手が動くに至ったのかもしれない。

いずれにせよファブリケーションがもつ〈作業〉としての力を現場にいた人々は目の当たりにしたわけでそれぞれ自分にも思い当たる節があったはずだ。

〈作業〉環境としてのファブスペースの社会的意味

これまでもパーソナルファブリケーションスペースとして、生きていく上でものをつくることの意味を信じ、ものづくりの楽しさを日々の暮らしに盛り込むべく活動してきたつもりだが、自分たちの活動はものづくりを〈作業〉としたい人々にとってのまたとない環境づくりであり、考えている以上に地域社会に貢献できる余地がある、と言えるのかもしれない。このことは同様のスペースを運営していたり、今後運営したいと考えている方々にもよく知っておいてもらいたい。

今後、もう少し〈作業〉というものにフォーカスしてファブリケーションについて考えていきたい。ファブラボが「(ほぼ)なんでもつくる方法 - “How to make (almost) anything.”」という講座からはじまっていることの意味を改めてかみしめながら。

「作業療法士のいるファブラボ」をメインテーマに3Dプリンタで作成した自助具を中心に出展したMakerFaireTokyo 2018の会場にて。
中央は慶應義塾大学SFC研究所 田中浩也 所長 (執筆当時)